やっちゃったの、大失敗!!!

時を少し遡り、ミックの引越し前に戻ろう。
というのは、語るも恥ずかしい事ながら、と云いつつ、ミックはあのひどい失敗談を披露することによって、半ば自虐的な快感を得る事にしたのである。
通常なら考えられないような、また、同情され、またあきれられるしかないその類の失敗は、隠しておくよりは発表してしまった方が気分がすっきりする、というのが理由である。すでに親しい知人や家族には話してしまい、慰めと笑いを得ていることでもあるし・・・
ミックは車を売った。あまり時間がなかったのと、ズボラのせいで、労を取らずにインターネットで見つけたサイトから、数件のバイヤーとコンタクトをを取り、一番高い値をつけてくれたバイヤーが、ある午後、車を引き取りに来た。パーキング内で現金を受け取り、それを、車のタイトル(所有者であるという証明書)を保管していた封筒に入れ、荷造りの真っ最中でごった返しているキッチンのカウンターの上に無造作に置いたまま(ミックは通常、部屋に帰るとほぼ自動的に、バッグを含む全ての手持ちの物、つまりショッピング・バックやメールボックスから取り出してきた請求書やジャンクメールなどを、ドアを入ると一番手近にあるそのカウンターの上に、まず置く習慣があるのである)、いつのまにか忘れられてしまっていた。
荷造りのせいもあり、その間にも、封筒の上にはゴミを含む雑多なものが積もり積もっていった。
運送屋さんが荷物を引き取りに来る前日、ごった返している部屋を見渡したミックは(その様子は先のブログに書いているので想像がつくはずである)、とにかく捨てるモノを外に出してしまえば少しは片付くと、再度判断し、またまたゴミというゴミを、ゴミ袋やショッピング・バックに詰め込んでは階下のコンテナに捨てにいった。
ちなみにアメリカではゴミの仕分けや規則などがないので、多くの人はショッピング・バックを利用している。
その夜、運送屋さんが荷を運び出せる程度の空間を確保したミックは、午後の成果にかなり満足して、ふと、運送屋さんにあげるべきチップの事を思ったのである。知り合いの運送屋さんは、きっとメキシカンのヘルパーを(これまでの運送屋さんはいつもメキシカンのヘルパーを伴っていたので)少なくとも二人は連れて来るに違いないのだが、財布を入れたバッグが見当たらなかったので、その1週間ほど前にバイヤーから受け取った現金のことを思い出したミックは、そのとたんほとんど悲鳴をあげながらキッチン・カウンターに飛びついていた。
取り散らかったカウンターを引っかきまわしながらも、その午後のゴミに出してしまったことはすでにわかっている。なにせ、そこにはジャンクメールなどが山積みになっていたので、紙類のほとんどを捨ててしまっていたのだから。
あわてて部屋を飛び出し、エレベーターを待ちながら記憶をまさぐっている。カウンターの上にはジャンクの他に、通常なら後でフォルダーに入れておく請求書の類も積もり積もっていた。ほとんどのモノをすでにキャンセルしていたので保管する必要性を感じなかったのだが、中にはクレジットカードの請求書や銀行の明細書も混じっていたため、ゴミとして出す時に、中が少し透けて見える白いショッピングバックに入れることは避け(何と懸命な判断だったことか!)、黒いゴミ袋に入れたに違いないと判断、そして、その黒いゴミ袋はミックが憶えている限りでは、たった二つしかなかった。幸いなことにコンテナのひとつを、またしてもミック一人のゴミでほぼ満杯にしていたため、その黒いゴミ袋のひとつは一番上の辺りに顔を出していた。さらにラッキーなことに袋を開けるとほとんどすぐに白い封筒は見つかり、もちろん中の現金も無事だった。
「ああ、良かった、神様ありがとう」と、ミックは、その封筒を今度はちゃんとスーツケースの中に放り込んだ。
翌日、やはり二人のメキシカンを連れた運送屋さんが荷物を運び出している最中に、ミックは例の封筒をスーツエースから出して、再びカウンターの上に置いたのだが、部屋がすっきりしたため前夜見当たらなかったバッグが出てきて、中の財布にはチップに十分な額が入っていたので、結局封筒にはタッチしなかったのある。
運送屋さんが、ベッドやソファーなどの粗大ゴミを捨てていってくれたので、久しぶりに広々とした部屋に大満足、残るキッチンの片付けにかかった。人にあげる物捨てる物を仕分けしている内に、カウンターの上はゴタゴタとなり、例の封筒は再び忘れられてしまったのである。
その夕刻、ミックは送別会をしてくれるというお宅に呼ばれていたので、それまでにキッチンを片付けてしまおうと、またしてもゴミ出しに精を出した。封筒のことを思い出したのは出かける少し前。チップを渡した後、財布の中には数ドルしか残らなかったことを思い出したので、キャッシュを補充しなければならなかったからである。ミックのショックは前夜よりも激しかった。スーツケースから取り出したことははっきりと憶えていたが、念のためひっくり返してみる。出かける時間だったので、とりあえず、コンテナに出したゴミはそっくり残っている事を確認する。ゴミ収集が翌日だということは知っていたので、帰ってから探すことにして外出したミックは、楽しいひと時を過ごした。その時点では、前夜のこともあって気楽に構えていたのである。
ミックが戻ったのは11時に近かったが、その時間ではまだ人目があるので、真夜中を過ぎるまで待つことにして、知人が引き取りにくるはずのTVを見ながら過ごし、1時をとおに回ったころ、分厚いコートを着込んで階下に下りて行った。いまいましいことに、出かける時にはミックのゴミは上の方にあったのだが、数時間の後、よそのゴミがかなり増え、しかもほとんどが、当然の習慣で、ミックと同じような白いショッピングバッグである。さらにゲンナリすることに、ほとんどのゴミ袋には生ゴミが混じっている。寒い最中だったから我慢もできたが、真夏ならきっと引っ掻き回す前にあきらめていたかもしれない。何とか6個までは自分のゴミ袋を引っ張り出し(半透明だからなんとなくわかるのである)、中を探してみたが封筒は見つからない。大小8個の袋を運んだことは記憶にあるのだが、あとの二つは底の方に埋もれてしまったらしかった。間違えてよその生ゴミまじりの袋を何個か開けてしまったミックは、それ以上荒らす気力をなくし、ついにあきらめてしまった。
バイヤーの付けた値は、ミックの期待を大きく裏切り、たったの370ドルだった。99年型であまり人気がない車種だからだというが、一時はがっかりしたミックもその時は、それくらいのキャッシュで良かった、と思えた。それにしても、ミックが370ドルもの大金を、案外あっさりとあきらめたのには理由があった。
封筒をまたしても捨ててしまった事に気が付いたミックは、出かける寸前まで一応は、部屋の中にまだ残っているゴミをチェックしてみたのである。ゴミとしてだすモノは一箇所にまとめていた。白い封筒が数通あったので開けてみていると、ひとつの封筒の中から10万円という大金が出てきたのだ。
ミックが日本に帰るたびに、母親が『飛行機代よ』と、10万円を入れた小さな封筒をくれた。前の年の3月、ミックは帰国していたが、その時、母親は『銀行に行くのを忘れていて7万円しかないの、ごめんね』といいながら、いつものように封筒を手渡してくれていた。だから、その封筒はそれ以前のモノなのだ。そして、車の代金をゴミとしていなかったら、知らぬが花とはいえ、それもまたゴミと化するはずであった。ミックが意外なほどあっさりと、例の封筒探しをあきらめたのは、お母さんの『愛』のおかげなのである。
とはいえ、ゴミ収集が来るのを待って、「大事なモノを捨てちゃった」とか何とか云って、ゴミ袋を探させてもらおうか、と考えつつ、ミックが眠りについたのは当然のことであった。